【MPSニュース】土壌消毒の歴史と将来について
MPSジャパン株式会社 彦田岳士
連作障害への伝統的な対策
同じ場所で同じ作物を栽培すると「連作障害」が起こり、作物の生育が悪くなり収穫量が減少することは昔から知られていました。日本でも原初の農業は焼畑によるもので、連作障害が発生しないように次々と場所を移動して行われていたとされます。人々が同じ場所に定着して農耕するようになると、連作障害は「忌地」「いやしり」と呼ばれ、回避するためのさまざまな方法が考案されました。栽培を行わない休耕地を設けることは古代から奨励されており、やがて毎年植え付ける作物を替える「輪作」が行われるようになりました。江戸時代にはすでに「アワは4〜5年・ヒエやキビは3〜4年空ける」といった、具体的な作付け間隔を明示した書物があります。堆きゅう肥を投入して地力の維持を図るなど、土づくり・土壌管理は当時から重要視されています。また、水田と畑を入れ替える「田畑輪換」も行われています。これは現代の「土壌還元消毒」の原型と言えます。やがて地域ごとに安定した栽培が可能となる輪作体系がそれぞれ確立され、近代まで伝わっています。
ヨーロッパにおける畑作では、中世には3年ごとに畑を休ませる「三圃式農法」が行われ、やがて畜産・牧畜と組み合わせて休耕期間を設けない「輪栽式農法」へと発展しました。これは「小麦→飼料カブ→大麦→赤クローバ」のサイクルで栽培を行い、きゅう肥の投入やクローバーの窒素固定による地力の維持と、カブ栽培時の深耕効果とクローバーの被覆効果による雑草の抑制を同時に実現するものです。
土壌消毒剤の発見と拡大
1869年にフランスで初めての土壌消毒剤(くん蒸剤)が発見されました。これは当時ブドウに壊滅的な被害をもたらしていたブドウネアブラムシ(根にこぶを作って樹を衰弱させ、枯らしてしまう害虫)の駆除方法として考案されたものです。使用されたのは二硫化炭素(CS2)というガス状の物質で、毒性が強く爆発性もあるというとんでもないものですが、これを特殊な器具で土壌に注入して害虫を駆除していました。1900年頃には100万エーカー(4平方キロ)以上の圃場で実施されていたと言います。
この土壌消毒(くん蒸)技術の発見により、土壌病害虫が連作障害の最も大きな要因であると認識され、さまざまな化学物質が土壌消毒剤として開発・転用されました。有名なものでは1848年にイギリスで開発されたクロルピクリンは、第一次世界大戦では催涙ガスとして使用されていましたが、土壌消毒剤としての効果が見出され、今も日本では農薬として登録されています。ただし来年5月にMPS禁止農薬に追加されるため、MPS-ABC参加者は今後使用することができなくなります。
臭化メチルは幅広い病害虫に優れた効果を示し、収穫後の農作物のくん蒸剤としても使用されていましたが、土壌消毒剤としても最も広く使われた物質です。当時、根菜類の栽培や施設栽培では、臭化メチルによる土壌消毒が「必要不可欠」と言われた作物が数多くありました。しかし、1992年にオゾン層破壊物質に指定され、世界的に段階的な廃止が決定されました。当初は2005年に全廃の予定でしたが、栽培に必要不可欠との主張が強かった作物では特例措置として2012年まで使用され続けました。
物理的土壌消毒法の開発
蒸気や熱水により土壌病害虫を駆除する方法を「物理的土壌消毒法」と呼びます。化学薬剤による土壌消毒剤が拡大していた19世紀末に、アメリカやヨーロッパで「蒸気土壌消毒法」が開発されました。ボイラーで発生させた蒸気をパイプやホースを通して土壌中に送り込み、高温により病害虫を致死させます。畑に適当な深さの溝を掘ってパイプを埋め、パイプに開けた穴から蒸気を噴出させる方法(ホジソンパイプ法)や、スパイク状に取り付けられた噴出パイプを畑に刺して、蒸気を送り込みながら鋤のように少しずつ移動させる方法(スチーミングプラウ法)などが開発されています。
現在日本で行われている蒸気消毒法は、取り扱いが簡単なホースを用いて土壌の表面から蒸気を送り込むものが主流ですが、深い部分には蒸気が届きにくいという難点があります。そのため、1980年代に日本で「熱水土壌消毒法」が開発されました。これは蒸気の代わりに90℃以上の熱湯を大量に注入する方法で、透水性の良い土壌では深層部分まで消毒することも可能です。
蒸気消毒法も熱水消毒法も一度に処理できる面積はボイラーの性能よる限界があり、機器類の設置労力や燃料コストもかかることから、小面積の施設栽培や、ベンチ上で床土を用いて行う栽培などでの利用に止まっています。それでも近年では、国が推進する「みどりの食料システム戦略」の目標である「化学農薬使用量の削減」に貢献する方法として、物理的土壌消毒法は重要な役割を果たしています。
自然の機能を利用した土壌消毒技術の発展
ハウス栽培では夏の高温時期は休耕期間になることがあります。この期間を利用して土壌およびハウス全体に太陽熱を閉じ込め、病害虫を死滅させるのが「太陽熱土壌消毒」です。いわゆる「蒸し込み」というもので、温度を十分に上昇させるために20〜30日の期間が必要となり、また、日照の少ない地域や高温日が続かない地域では利用できません。特に暖地では近年の温暖化により、酷暑が続く夏に無理をしてハウス内で栽培を続けるよりも、この期間を消毒にあてたほうが合理的と判断される農家が増えてきているようです。実施可能な環境条件であれば、太陽熱土壌消毒は環境や作業者に安全でコストもかからない、非常に優れた方法です。
2000年頃に日本とオランダで同時期に開発された技術が「土壌還元消毒(Anaerobic soil disinfestation; ASD)」です。日本の伝統的な田畑輪換の手法をヒントに、畑の土壌を水田のような還元状態(酸素が少ない状態)に変えることで、土壌病害虫を抑制する方法が見つけられました。土壌微生物の活動(呼吸作用)が盛んになるように環境を整えて、酸素を急激に消費させ、還元状態へと導きます。そのために米ぬか、フスマ、糖蜜、低濃度エタノールなどを土壌に投入し、微生物の活動を促進します。これら投入された資材はあくまで微生物の「エサ」であり、実際に病原菌に対して効果を発揮するのは還元状態で発生する酢酸、酪酸、鉄イオン、マンガンイオンなどです。
土壌還元消毒は、太陽熱土壌消毒ほど高温の時期・地域でなくても実施でき、条件が整えば他の方法では困難な地下60cm以下の深層まで消毒することも可能なため、化学的な土壌消毒剤に代わる革新的な技術として、国内のみならず海外からも注目を集めています。ただし、地温は30℃以上を確保できること、還元状態にできないほど水はけが良すぎないことなど、十分な効果を得るためにはそれなりの条件があります。また使用する資材によっては土壌消毒剤よりもコストが高くなる場合もあります。それらの課題を解決して使用できる場面を拡大するために、さまざまな技術や資材の開発が進められています。
総合的病害虫管理(IPM)をめざして
土壌消毒剤開発の契機となったブドウネアブラムシはその後、抵抗性台木が普及して深刻な被害は無くなりました。土壌病害虫≒連作障害に有効な対策は土壌消毒だけではありません。19世紀末に化学的な土壌消毒剤が発明され20世紀に大きく発展しましたが、21世紀にはさまざまな問題点が指摘され、見直しや使用制限が進んでいます。現状、安全面でも効果の面でも、土壌消毒剤頼みの栽培は継続が難しくなっています。「総合的病害虫管理(IPM)」は、複数の異なる防除技術を組み合わせ、化学農薬頼みの病害虫対策を持続可能な体系へ進化させるための取り組みです。土壌病害虫は連作障害の大きな要因であり、この分野でIPMをすすめてゆくには、それぞれの地域で培われてきた伝統技術に再び目を向けることが大切になるでしょう。
