自然関連の情報を開示する企業が増えている
近年では多くの大企業が「サステナビリティレポート」や「自然関連レポート」を公開するようになりました。この背景には、企業を取り巻く投資家や銀行、さらに消費者からも、企業活動の透明性や説明責任の要求が高まっている事があります。
「サステナビリティ(持続可能性)」には、地球規模の気候変動や自然環境への対応などに加えて、従業員の待遇や教育、社会貢献活動などの社会的なテーマも含まれます。法律で提出が義務付けられている有価証券報告書でも2023年度より、「サステナビリティに関する考え方及び取組」について情報開示しなければならなくなっています。
その一方、法律による開示義務の範囲を超えて、自らの企業活動と自然との関連や、自然への対応方針と戦略、自然保護や環境対策の活動計画と実績について、積極的に公開する動きも広まっています。今回は、企業がそのような自然関連情報の開示を行う背景や、その意味合いについて紹介します。
地球環境対策の二本柱;カーボンニュートラルとネイチャーポジティブ

地球規模の気候変動、いわゆる地球温暖化を食い止めるために、CO2をはじめとする温室効果ガス(GHG)の排出量を削減する取り組みがなされています。この「カーボンニュートラル(気候中立)」を目指す国際的な動きは、2015年のパリ協定で大きな枠組みが決定され、その後、参加国それぞれで目標を達成するために国内政策への反映が行われています。
最近、企業のCM等で目にすることが多くなった「ネイチャーポジティブ(自然回復)」は、カーボンニュートラルと並んで地球環境を回復するための国際的な取り組みです。これは2022年の昆明・モントリオール生物多様性枠組みで決定した国際目標「2030 年までに自然の損失を食い止め、逆転させる」を目指す活動です。
企業の活動や人間の生活は自然環境に影響を与え、種の絶滅や環境破壊などにつながります。ネイチャーポジティブはそれらの保全を図るとともに、生産方式や消費行動をより持続可能なものに変えてゆくことを目指すものです。
我々の社会や企業の活動は、さまざまな面で自然に依存しています。動植物や水資源などの自然の恵み、暴風雨や洪水などの自然災害の抑制、有害な廃棄物の無毒化、娯楽や技術や文化としての利用など多岐にわたります。自然環境の劣化が進むと、これらの恩恵が得られなくなり、生活や企業活動に深刻な影響がもたらされます。
ネイチャーポジティブの取り組みは、地球や全人類のためであるとともに、何より自分自身のためなのです。

たとえば農業は、健康な土壌や多様な生物種、安定した気候に強く依存しており、これらが損なわれると生産が継続できなくなります。その一方で、農地の開発や農薬・肥料による汚染など自然を損なう行為が多いため、自然との関連性に十分配慮しなければなりません。小売業は自然との間の直接的な依存や影響はそれほど大きくありませんが、仕入れる商品の中には生産段階で自然への依存や影響が大きいものもあります。商品やサービスの提供を通じた間接的な自然とのつながりを意識しなければなりません。
ネイチャーポジティブ経済への移行
自然の劣化は企業や社会に深刻な経済損失をもたらします。2020年の推計では、世界の総GDPの半分を超える44兆米ドルもの経済的付加価値の創出が、自然に中~高程度に依存しており、自然の劣化に伴って失われるリスクがあるとされています。特に自然への依存度が高い三大産業、建設業、農業、食品産業の合計で8兆米ドル近い経済的付加価値が生み出されており、これはドイツ経済の約2倍の規模に相当します。
広大な土地の開発、資源の過剰な採取、化学物質の排出や廃棄物による汚染、外来種の拡散や富栄養化(肥料成分である窒素やリン酸の排出)などは、種の絶滅や資源枯渇、土壌や水質の汚染といった深刻な問題を引き起こします。こうした環境問題は、社会的な批判や規制の強化、補償金や罰金の支払いという形で企業に跳ね返ってきます。また間接的には、これまで通り商品が仕入れられない、仕入れコストが上がるなどの影響があります。直接・間接的な自然への悪影響を放置していると、最終的には事業撤退に追い込まれる可能性があります。
このような状況をふまえて、環境省は「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を打ち出しています。これは自然環境の保全と回復を軸に、経済活動を自然と調和させることを目指すものです。そのためには、企業活動や消費行動の変化を促すこと、商品や企業に環境対応という新たな価値を創出すること、環境対策のための政策や業界の活動を拡大すること、などが重要としています。
実際にネイチャーポジティブに取り組もうと思っても、「生物多様性の回復」という目標は大きすぎて悩むかもしれませんが、できることからコツコツ行うのが大事です。ネイチャーポジティブ経済移行戦略でも、企業の行動指針として以下の点に留意して活動することを推奨しています。
- まずは足元の負荷の低減を:外部の環境活動への参加や協力を宣伝するよりも、まずは自身の事業活動で生じる環境負荷を減らそう。
- 相対的な負荷削減に向けた一歩ずつの取組も奨励:事業活動による環境負荷の全体像を明らかにし、その上で、一部分からでも良いので取り組みを始める。
- 損失のスピードダウンの取組にも価値:直接自然を回復する活動でなくても、事業活動や仕入れの見直しにより環境負荷を減らすことにも価値がある。
- 消費者ニーズの創出・充足:ネイチャーポジティブへの消費者ニーズの掘り起こしや創出を行い、持続可能な商品やサービス提供のための市場を創造する。
- 地域価値の向上にも貢献:事業所や周辺の自然にとって価値のある取り組みであること。特に開発行為にあたっては地域住民の理解と合意形成が必須。
企業の活動にもたらされる変化
企業と自然との関連性の情報は、その企業の成長機会やリスクを表すものであり、投資家が企業価値を判断する際に財務情報と並んで重要なものになっています。現在、多くの日本企業は自然関連情報の開示に積極的で、2023年に国際的な情報開示ルールである「TNFD開示枠組み」が公表されると、世界の国別では最も多い154社がこの枠組みに沿って情報開示することを宣言しています。
TNFDに基づいた自然関連情報の報告では、自社の活動に関する評価だけでなく、原料や商品の仕入れ先、銀行では投・融資先についても評価を行います。このような外部からの評価を助けるために、国連環境計画が主導するチームにより、産業類型別の自然との関連情報をまとめたデータベース(ENCORE)が作られており、無料で利用することができます。大手小売チェーンなどでは、取扱商品の自然との関連性をENCOREの情報をもとに分析しています。ネイチャーポジティブに取り組む企業では、このような分析や評価をもとに、より環境リスクや環境負荷の少ない原料や商品への切り替えや、取引先への環境対策の要請などが検討されます。
ネイチャーポジティブの広がりにより、取引先からこちらの環境リスクや環境負荷について指摘されたり、対策を要請されたりすることが増えるかもしれません。一方、それらに配慮した活動は、特に自然関連情報の開示に積極的な大企業との取引において重要性が増してゆくでしょう。